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黄金を超える香料:ミルラ(没薬)に纏わる香りの物語



ビンに入った香水
 
香水の原料には様々なものが使われています。
動物性のものから植物性のものまで、その種類は数百とも数千とも言われています。


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その中には香りが特徴的なもの、とにかく高価なものなど様々な香料がありますが、その中でも香り以外の要素で有名なものもあります。(香料ですのでもちろん、香りも重要ですが更にそれ以外の要素でも著名なものです。)
特に私にとって印象深いものを紹介します。

 

ミルラの起源と特徴

没薬とも言い、フウロソウ目カンラン科コンミフォラ属(ミルラノキ属)の各種樹木から分泌される、赤褐色の植物性ゴム樹脂です。
古くは香として焚かれていました。
数多くある香料の中でも宗教的な意味合いで使われて来た歴史が目立つのが特徴です。
古代エジプトで日没の際の香として焚かれていた他、東洋でも線香に使われていました。

没薬樹の起源はアフリカであることが分かっており、スーダン、ソマリア、南アフリカ、紅海沿岸の乾燥した高地に自生しています。
香水に使用する場合、粉砕した没薬を水蒸気蒸留して作られたエッセンシャルオイルや溶剤抽出物のレジノイドとして使用されます。
没薬は非常に高価で黄金以上の値がつくこともあります。

 

薬としても用いられてきたミルラ

植物性の香りで花より白檀などの木に近い印象、もしくは薬のような香りと表現する人もいます。
甘さと苦さの混ざったような芳醇で独特の香りで実際に強い苦味を持っています。(ミルラ、没薬共に「苦い」という言葉が語源になっている名前という説があるほど)

香料として以外の使い方もありました。
鎮静薬、鎮痛薬としても使用されていた他、殺菌作用を持つことが知られており、その為ミイラを作る際、遺体に防腐処理の目的で塗られていたとも言われています。(よく知られている逸話としてミイと言う言葉はミルラか来ていると言われています。)

 

ミルラは死の匂い?

実際に没薬の匂いを嗅ぐとミイラの匂いだと想像してしまいゾッとすると言う人もいます。
確かに没薬とは死の象徴です。
イエス・キリストが生まれたとき贈り物として捧げられたものの中にも没薬は登場します。

聖書によると、イエス・キリストが生まれたとき、空にベツレヘムの星が現れ、それを見た東方の三博士はユダヤ人の王が生まれたことを知ります。
彼らは星に導かれて行った先で馬小屋で生まれ、飼い葉桶の中に眠るイエス・キリストを見つけ出し乳香、黄金、没薬を贈り物をしたとされています。
このとき、没薬は死者への贈り物として、つまりイエス・キリストが救い主として死ぬことを意味して登場しているのです。(ちなみに黄金は王の象徴、乳香は神、祈りの象徴)

このように死者をイメージさせる他にも没薬の登場する逸話は存在します。

 

ギリシア神話に登場する没薬樹

ギリシア神話には没薬樹が誕生したお話があります。
しかしその内容はコメディのような楽しい話ではなく、ハッピーエンドでもない悲しく報われないお話です。

キニュラースの家系は代々、女神アプロディーテを信仰していました。
ところが、そこに生まれたミュラー王女はそのアプロディーテをしのぐほどに美しく、周りの人からも「ミュラーはアプロディーテより美しい」と言われるようになってしまいます。
これに腹を立てた女神アプロディーテは王女ミュラーが自分の父親であるキニュラース王に恋い焦がれるように仕向けるのです。

王女ミュラーは乳母の手を借り、夜中に父の寝室に忍び込みます。
相手が自分の娘と知らないキニュラース王は彼女と結ばれてしまいますが、やがて相手が誰であるかに気付きなんと我が娘を殺そうとしてしまうのです。
しかし彼女は逃げ延び、彼女を哀れに思った神々の手によりその体は没薬樹の姿に変えられるのです。

アプロディーテの仕打ちはひどいものですが、これには意外なオチがつきます。
女神アプロディーテはその後、王女ミュラーとキニュラース王の間に生まれた美少年アドニスに恋し、彼の死に際して涙まで流します。
自分が不幸にした王女ミュラーの息子に恋い焦がれることになるとはなんとも皮肉な話です。

アプロディーテの後日談はともかく、没薬樹が王女ミュラーの姿を変えたものだとしたらその涙たる樹液が苦く、しかし芳醇な香りを持つのは納得の行く話のように思います。
そしてその涙を香料として使っているのだとしたらなんとも言えない凄みを感じざるを得ません。

 

数多の逸話を持つミルラを纏って

やや恐ろしげな逸話ばかり紹介して申し訳ありません。
しかしこの没薬という香料は香水にも使われ、特に男性用の商品に需要があります。
悲しい話が多いとはいえ、それだけ古くから人類の歴史とともにあったことも事実です。

花言葉は「真実」もしくは「真実の告白」。
死や苦しい恋の逸話がこの花言葉に影響を与えているかどうかは分かりません。
ですが確かに死や恋を前にすればこの花言葉に納得してしまうようにも思うのです。

没薬樹に限らず香水の原料となる花々や木々にはそれぞれに物語や逸話、おとぎ話などがあります。
香水は香りそのものを楽しむのももちろんですが、嗅覚以外の要素でも楽しむことができます。
いにしえの物語に心をはせつつ、香水を纏うというのもまた楽しみ方の一つではないでしょうか。

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